株式会社MIYOSHI 電子機器組立、電子機器製造、小ロット対応致します。
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2005年3月の日記

3月31日(木)晴れ
日経ベンチャー届きました。
(先日朝6時から川越にて行ったディスカッションに、
日経ベンチャーの取材が入り、4月号で掲載になった。)

業務連絡:
小野さんありがとうございました。

いかにも語ってる写真入りでした。
社内の人に見せるにしては微妙なテーマでしたが、
そのまま回覧してしまいました。

さて、今日は1Fの棚卸で忙しい日。
資材担当、川畑氏にとっては初めての経験。

先日のレクチャーから数日。
とは言っても、毎日急な休みの対応などで、
準備は毎日、夜にしかできなかった。

前日になって現品票が届き、
提出用の部品票に至っては、
当日の朝の段階でまだ届かないなど、
思ったとおりにことが進まない中で、
よく準備を重ねてきた。

午後には、仮台帳の記入まで終わらせて、
夕方にはまとまって、理論在庫との照合に入った。

たっぷり時間をかければ誰でもできる。
計画通りにことが運ばない中でよくやった。


3月30日(水)晴れ
午前中は、2F新規の検査工程のセッティング。
午後は、1Fラインを8人体制から10人体制への作業配分。

どちらも、リーダー、サブリーダーが中心となって行い、
自分は、サポートにまわった。満足。

責任感の強いリーダーに支えられて大満足。

本当によくやってくれると関心する。

このスタッフに仕事をとってお返ししたい。
さあ、いよいよ外に打って出るとき。



3月29日(火)雨だっけ?
派遣社員からの報告。

先週金曜日の検査で病気が判明し、
辞めねばならない事態になったとのこと。

楽しい職場だったので残念。とも。

仕事をするつもりで出勤してきたが、
体優先だと帰ってもらった。

検査は、昨日の負傷者のほか2名欠勤。
1日検査に入る。

午後の不良品の返品を機に、
皆に訴える。

品質は絶対に妥協しない。
ここで踏ん張らなければ仕事は終わる。
99%のシステムと1%の自覚だ。

夜、石川實の番組が最終回だった。
8年続いた番組降板は、突然のことだった。
にも関わらず、
平然と乗り越えようとする石川の姿勢に感心する。

一日も早く元気な怒鳴り声が聞こえてくることを願う。



3月28日曇りのち雨
急休み4名。1名肉離れで退場。

今日は、ここ数ヶ月で一番人数の多い日の予定だった。
だから5人の一日仕事を昨日受けてきた。
が、そう簡単にいかないのがMIYOSHIのいいところ。

新人研修は一切中止。
受けた仕事は2Fに任せた。

自分は、1Fのラインと検査に入る。

入れば入ったで、
決めたことが守られていないことに腹が立つ。

今のMIYOSHIにとって、
品質の確保は死活問題だ。
数を作ることにも優先する。

これが、なかなか浸透しない。

どうすればいいのか。
決して意識が低いとは思わない。
高い意識のベクトルをどこへ向けるか。

自分の境涯以上の会社には絶対にならない。
自分が試されるときだ。



3月27日(日)晴れ
愛知博のガイドを世界に送る急仕事受けた。
5時間くらい書いた。書いた。書いた。


3月25日(金)晴れ花粉多
松島氏、午後来社。

会社の現状と今後の展望について、
種々語り合う。

社内の若手に旅をさせているということについて、
一致する。旅とは、「任せるということ」。

これをしないと、いつまでも受身になるし、
スキルアップのチャンスを逃してしまう。

会社は次の目標へ次の展望へと、
変化していかなければならない。

人は、集中できたときに達成感を感じると。
しかし、いつも集中できる訳ではない。
だから次のステップへの変化が必要。

そこに大事なキーワードをいただく。

「こだわらない」

うちはこれまでこういうやり方だから。
うちの業界は違うから。

いちいちこだわっていたら、次のステップが踏めない。
途中で車線変更することも、必要なら「こだわらない」でやる。

でなければ、変化に対応できないし、
お客様の要望に応えることはできない。

今日から派遣1名合流。
3名面接。1名は採用決める。


3月24日(木)曇り晴れ風雨
派遣の無断欠勤1。急休み1。

こういうことを数度繰り返さないと,
人は安定しないもんだろうか。

先日のガイアの夜明けで、
工場改革の特集だった。
リーダー研修に早急に社内で見たいと思うが、
人の問題で生産、品質に専念できないのは、
現場がかわいそうだと思う反面、
その事態に愚痴ひとつ言わずに対処するスタッフを、
頼もしく思う。

午後は、新規の部材を引き取り明日の準備。
3月末までに60台の完成品出荷に対して、
部材が未だに揃わない。
が、何としても出荷できる自信はある。

夕方は、今月末に控えている1F棚卸の打ち合わせ。

1月からの資材担当川畑氏にとっては、
大事な山になる。

説明しながら思った。
いろいろなことを教わり、体験したのだと。
丸井でも、父の会社でも、任されるということで、
全てが財産になっていると感じた。

以下、その説明の概略。
●棚卸の目的は、資産確定とデータ在庫と実在庫との乖離調整。
手順は次の通り。
1、仕分け→同じ部材をできるだけまとめて、多の部材との区分けをする。
2、担当セクション分け→棚卸しセクションを分ける。
3、数える→棚卸票に部品名称、数量を記載してサインし、貼付する。
4、仮台帳記載→棚卸票の内容を仮台帳に記載して、棚卸票にサインする。
  *余裕があれば、仮台帳と棚卸票のチェックをして、双方にサイン。
5、本台帳記載→仮台帳から本台帳に転記して、部材ごとの集計をする。
6、データ在庫との照合→理論在庫と実棚在庫との照合をして、乖離を見る。
7、再チェック→乖離のあるものについては、原因をあたり訂正する。

その他に、製造工場ならではの「ユニットの展開」がある。
すでにユニットになっているものについては、お客様の部材一覧に対応できるまで、
展開して台帳に記載する。中には、聞いたこともない部材もある。

業務連絡:川畑君、手順忘れたらこれを見てください。では。



3月23日(水)曇りのち雨
家のHPのFAXプリンタ。

最近はやりの、
FAX、プリンタ、コピー、スキャナーが一体になったやつ。

確かにHPでは一番安いやつ。
買った直後から、紙を送らない不具合で電話。
「裏側のカバーを開けて、ローラーを拭いてください。
生産中についた油があると、そういうことが起きる場合があります。
それでも直らない場合は、またご連絡ください。」と。
拭いたら直った。

今度は、
一枚出るたびに紙を送りきらないうちに、止まってしまう不具合。
「紙詰まり」と表示される。
FAXをたくさん受けるときなど非常に困る。

問題は、HPの考え方がどうなのかだ。
「安いんだからしょうがないじゃない。」
という消費者もいるかも知れない。
自分もそうなりかけた。
でも、もしメーカーがそういう考えでものづくりしたとしたら、
大違いだと思う。

MIYOSHIは、メーカーの下請けだ。
でも、「これは安いから適当に作っていいよ。」
なんて言われたことないし、そんなこと思ってもいない。
そういうところと付き合っていないからだ。

HPから仕事受けたら、そう言われるんだろうか。
せっかくいいものも作っているのに、
廉価版の品質で手を抜いたら駄目でしょ。

手を抜くくらいなら、やらないほうがいい。
離れるよ、お客が。。

足立にあるステーキ屋さん。
4千円代のステーキまでありながら、
昨今の事情を考えてのことだろうが、
最近880円のランチを出した。
そのランチ。しっかりとシェフが持ってきて、
ソースをかける。サービスでサラダも付く。
880円なら、もっと手を抜いたって良さそうだが、
味も、サービスも手抜きしないところが気に入った。

次に来たときには、もっと上のグレードのものを食べてみたいと思う。

そのステーキ屋には、
最終的にどういう客層になってきいるか。
商売が成り立っているかどうかを聞いてみたいとも思うが。


3月22日(火)曇りのち大風
やっぱり、どうにも調子悪い。
何とも表現のしようもない「きつい」感じ。
出勤して、何とかなりそうなことを見届けて、
すぐに病院へ。待つこと1時間半。

血液検査、尿検査で、
白血球が1万8千とかで、異常発生していて、
尿路系の炎症ではないかと。
これでは、「きつい」そうだ。
点滴打って、薬もらって帰社。

内視鏡検査で傷ついたのではと。
踏んだり蹴ったり。
内視鏡検査なんてやるもんじゃない。

午後から、納品などで動く。


3月21日(月)晴れ時々大地震
3月19日から21にかけてのお彼岸。
父、祖父の法事で大分へ。

総勢40名を越す親族が一同に会した。
こういう機会は、なかなかない。

懐かしい親族に出会うのは、
結局こういう機会しかない。

19日の夜は、親父が生前病床にて記した、
文章を読んだ。
改めて親父の田舎に対しての思いを知る。
中学2年にして、実家を後にして長崎へ。
その別れを親父は、「岐され」と称して、
人生の原点とした。

昔はこんな話、なんの興味もなかった。
今は違う。何とも言えない安堵に包まれた時。
それが、親父の兄弟とであったときと感じる。

20日、法事の開始時間に合わせたように、
地震が起こる。震度5。
大分では珍しいという地震。
「佐賀で震度6」と翌日の一面トップになった。

午後は、宇佐の簡保の郷に皆移動し、
宴会を行うことになっていた。
自分は、どうにも体調が悪く、
開会だけ宣言して、失礼させてもらった。

それから、寝たまま翌朝を迎えるが、
昨日もそうだが、数え切れないほど小便に起きた。

翌朝、気分よくなって朝食にでたが、
皆心配してくれていたようで、誰からも声をかけられた。

10時に発して、乙女という土地へ。
別の親族の法事。
よれよれで倒れそうな住職。
お経かと思えば、話になったりして、
口ももごもごしているので良く聞き取れない。

「石川啄木は言った!
ふるさとは。。。何だっけ?」
大笑いになってしまった。

昼食をした駐車場で別れを惜しんだ。
こうして会えるのもそう何度もないだろうと思う。


3月18日(金)晴れ風強い
2Fの作業も午前中で片付くことが見えていたが、
親子で入った2人が来ない。あきらめる。

1Fの研修を予定していた新人2名を2Fに。

1名事務所に呼んで懇談。
私の求める仕事と現状とのすり合わせ。
人はこれを説教と言う。

午前中、たまった事務仕事はかどる。

午後一で、2Fスポットの出荷。
予定より早まった。よくやったと思う。

午後からは、銀行他に出掛ける。

もどってミーティング。
来週からの仕事の予定をつめる。

4月までは見えたか。

一年前に比べれば、人的体力が数段アップした。
あと5社、10社新規を受けたい。

そのためにやらねばならないことは、まだまだある。


3月17日(木)ちょっと雨
急休み7名。内派遣5名。

派遣ってそういうもんなの?
許せないのは、今日のスポット予定者3名。
結局顔も見ないで終わったが、
仲間3人で、セットで休みやがった。
何なんだそりゃ!

「今日さあ、ちょっとかったリーから休んじゃおうか。。」
「でも、悪いんジャン?」
「関係ねーよ。行ったこともねー会社なんだし、
派遣会社だって、また変えちゃえばいいじゃん。」
「それもそうだな。遊びにでも行くか。」
なんて言って、休んだんだろうが、
てめーら、やったことは返ってくるからな!

そういう人間をあてにしている自分も情けない。

「やってやろうじゃないの!」

1Fの製品ストックを確認。
2時間止められることが分かったので、
3時で止めることにする。
2Fの1セクションも止めて、納期の迫ったセクションに配置。

自分は、午前中新規の打ち合わせと部材の引き取り。
午後は、試作。自分が、一切入らないでできるかどうか。

3時ラインが止まると7人が上がってくる。
5時からはさらに2人加わった。

6時まで残ってもらう人、7時まで残る人。
もっと残る人。

予定よりも、早く進んだ。
「ざまー見ろ!3人!2度と頼むもんか!」

言ったことは返ってくる・・・


3月16日(水)晴れ
母校の卒業式に出席させていただく。

任せるということ。
それは、自分が現場のリーダー以上に心を砕いて、
リーダーにその魂を植え付けて、お願いするということ。

関西高開校時の創立者の姿に、
それを感じていたし、
この母校35年の発展にそれを感じる。
また、卒業生にも在校生にも。

ひるがえって自分はどうか。。
ほったらかしにした上に、
魂も入ってないのでは。。

「一念に億劫の心労を・・・」
まだまだ甘い。

しかし、爽やかな嬉しい一日。



3月15日(火)晴れ
急休み2名。急早退1名。懐かしいフレーズ。

昨日から1名、今日から2名入社。
スポットの仕事に入ってもらった。
そのために自分は、1Fの検査に。

1Fについては、
傍で見ていて、さんざん文句言ってきたが、
皆一生懸命、高い意識でやっているのが、
よく分かった。

2時からは、早退の対応でリーダーもラインに。
いざとなれば誰でも現場に入る。
うちは、能力のある補欠が一番ありがたい。

1Fには、かなり無理をさせてしまったが、
忙しいところに人を配置するのが自分の仕事。

土曜日から、大分へ法事。
何としても金曜日までに仕上げねば。。



3月14日(月)晴れ
朝礼にて、「おもちゃ修理」の発想を話した。
まずは、パートさんとその周囲の方から預かってみる。
それから、いろいろ考えればいい。

さあ、始まった。今週のスポット。
内職に走らせるために、1Fラインに入る。

昼には、福生へ。午後には、内職。
夕方また、福生へ。

自分は、できるだけ外に走って、
社内を任せた。担当のリーダーはヘトヘトだ。

思い通りにいかない生産。
思い通りに入らない部材。
それぞれの調整をしていく。

自分が目指していたことは、これで良かったのか。

何社もの仕事を平行していく。
さらに広げようとしても、結局一人に負担がかかっていく。

1Fで1社1機種の仕事を15人。
残り7社の仕事を2Fの数人でこなす。
しかも、ほとんどを一人がやりくりする。
作業でなく、管理の話。
同じやり方で、さらに仕事を取ったところで、
そのリーダーに負担がかかるだけでは。

このリーダーの思いを感じてうまくサポートするということが、
自分の一番苦手にするところだ。

「任せるから全部やれ。」
「できなければ俺が全部やる。」
こういうスタンスだから、リーダーがしんどい。

よく頑張っている。


3月11日(金)雨
「間違い。」シロでした。

人生初めで絶対最後の膀胱内視鏡検査。
造影剤でのレントゲン検査を終えて、泌尿器科へ。

「ハイこちらへ。」と通された部屋の鍵がかけられた。
「では、下を全部脱いでください。」若い女性の看護士。

「ここに座って、足をここに乗せてください。」
産婦人科にある分娩台だ。

「できました。」間抜けなかっこでカーテン越しに呼んだ。
と、入ってきたのはさっきの看護士だった。

「では、消毒しますね。」と、つまんで消毒し始める。
外だけでなく、中にも何やら入ってきた。
「俺だけ消毒するんじゃないだろうな。
朝、シャワー浴びてきたのに。。」
痛い痛いとさんざん聞かされていた緊張で、
恥ずかしいというのも超えていた。

「俺は、膀胱まで近いから絶対大丈夫。」
とか、訳の分かんない事を、
自分に言い聞かせていると、
「先生、準備できました!」先生登場。
「佐藤さん。では始めますね。」
「ちょっと痛いですけど、頑張ってくださいね。」

とお腹の上にいろいろ乗せ始めた。
見ないようにしていたのに、目に入ったものがあった。
直径1センチくらいの太い線が巻いてある。
「なに〜!絶対無理。絶対むりだって!」
心の中で叫んだが、始まった。

冷静に考えれば分かるが、
中に入れた線はそれじゃなかった。

カチッとかいう音をさせて準備をしている時間が、
偉い長く感じた。

「はい。いきますね〜。」
チン○ンを思いっきり引っ張る。
中に入ってくる。「うっ」
「ここからが、痛いですからね。頑張ってください。」
「もうすでに痛いですよ先生・・・、ウオ〜〜!」
「力を抜いて。」「出来ねー!」
「深呼吸してください。」
「ひ〜。ふ〜。ウオ〜〜!」

膀胱をつつかれるからか、
おしっこ出そうになるかと思えば、
とにかく痛いのでのけぞって、腹式呼吸だ。
かみさんの出産の時に、ふざけて練習したのが活きた。

「あれ〜?ポリープないですね。」
「なに!ないですねじゃ、すまされねーぞ!」
いやそうじゃない。ない方がいい。
「きれいな膀胱です。」
「どんな膀胱だ!ほめられたって嬉かねーぞ!」
「はい。抜きま〜す。」終わった。

後で、先生からの説明になった。
「ポリープは、ありませんでした。
おそらく膀胱に皺がよっていて、
写真にポリープのように写ったんでしょ。」
「おいおい。」
「膀胱ガンというのは、60歳以上の年配の病気ですから。」
「早く言ってくれ!」

出た石の成分は、
シュウ酸カルシウム58%
リン酸カルシウム42%のブレンドで、
一般的なやつだそうだ。
左の腎臓に2個の石が確認されているので、
半年に一度位様子を見ましょう。とのこと。

終わって、やれやれとトイレに行く。
「いってー!」
血が!と思ったら「ブ〜」と。
チン○ンから、屁が出た。

帰って見ると、パンツが血だらけだった。

ガンの治療に比べれば、対したことないか。
数日前の日記の通り、「間違えました。」だった。
...

3月10日(木)晴れ
本当にやってた。朝6時からの月1回の会議。

楽しかった。
朝6時、川越。30代経営者が集っての月1回の会議。
お互いのトライを共有しながら、尻の叩き合いをする。

経営のヒントは、たくさんあるが、
今回のキーワードは、お米屋さんの言った、
「無理難題こそビジネスチャンス」だろうか。

今は、「究極のたまごかけご飯を作ってくれ。」
との要望に挑戦中だとか。

醤油屋さんは、
「自分で醤油を作ってみたい。」人に、
キットを自作して送ってあげたと。

大手じゃ、バカバカしくてやってられない中に、
我々零細の出番があることは研究会の結論でもあった。

今ラジオで、パナソニックがメンテナンスを強化した、
みたいことをしきりに訴えている。

その姿勢は立派だが、
家庭の電化製品。パナソニックに固めている人も少ない。
なのに町の電気屋まで、三菱色や松下色になって、
他社のメンテなんてお願いできない環境にある。

結局、家の家電製品は自分で何とかするしかない中に、
零細の出番ありと感じる。

長くなるので、この辺しておく。
日疋さん、内田さん、皆さんありがとうございました。



3月9日(水)晴れ
如何なる病障りをなすべきや。

「ん?膀胱にポリープがあります。
次は、この検査をしましょう。」
正直この数日、この言葉で頭が一杯だった。

たいしたことないと思っていた。のに、
さすがの昨日は、日記にかけなかったほど、
不安で一杯だった。
仕事に追われて作業をしているときはいい。
ふとした手の空いた瞬間だ。
いろんなことが頭をよぎる。

今日の午後、ネットで検索をして腹が決まった。
「膀胱の腫瘍は、9割が悪性。」

やってやろうじゃないの!
「如何なる病 障りをなすべきや。」
どんな病も障害にしてたまるか!

この金曜日、「あれ?間違いでした。」
と言わせてやる。



3月8日(火)晴れ暖かい
「気分」よく出掛けた。
和光へ打ち合わせと、足立への部材引き取り。
気が付けば8社の仕事を平行していた。

8社の仕事を平行しながら、
自分が部材の引き取りで出掛けられることに、
「気分」が良かった。

前に同じことがあった時には、大騒ぎだった。
今回は、今日から明日にかけて80hの急な仕事を受けても、
あえて、自分が携わらないために出掛けてみた。

帰ってみて思った。
本当に、スタッフが成長したと思う。

納期に追われてあたふたしているかと思えば、
しっかりと出来栄えの確認を、外注先まで徹底している。

人に仕事を教えるときに、手順の最後に、
「これと、これと、これが要注意ですから。」
当たり前のことだが、こういうことを自分がうるさく言ってきた。
現場の担当者同士で、何度も確認し合っているのを傍目に見る。

昨今のミーティングで何度も確認しあっているためか、
どの仕事に対しても、品質の妥協を許さない雰囲気が、
隅々まで行き渡ってきたのを感じる。

ありがたいことだ。


3月7日(月)晴れ
朝礼にて、金曜日の御礼。

午前中に、病院へ出かける。
破砕第2弾。

到着して、レントゲンを取る。
その後にエコーで詳しく見ると、
石は流れて見えないとのこと。
今日の破砕は、中止になり、
別の検査を今週末とのこと。

会社に戻ると、ラインが30分ほど止まったと、
資材の担当者が、こわばった顔で報告をして、
謝ってきた。

預かり在庫の量が増えて来たので、
良かれと思って調整をかけたが、
計算を誤って、ショートしてしまった。

「ラインを止めないのが、資材の一番の仕事。」
と、常々言ってきたことがよく分かっての、
こわばった顔だった。

彼は、偉いと思った。
一切言い訳をしなかったらだ。
言い訳をしようと思えばいくらでもできた。
「もっと納品が早いと思った。」
「その後に対応したが、うまくいかなかった。」
「思ったより、生産数が多かった。」

叱らなかった。
自分の責任と感じて、素直に謝ったからだ。
その態度を見れば、彼が同じ間違いを起こさないことくらい分かる。
できそうで、できないこと。自分を振り返る。

「どこへでも取りに伺います。」
と、取引先にお詫びをいれると、
「支給部品だし、棚卸も近いので、調整は必要。」
との言葉もあった。管理、もう一歩だ。

川崎へ取りに行くことにした。


2月4日(金)大雪
(4KB) 大雪の中の全員出勤。

ラインは、ぎりぎりで運営していることは、
昨日から訴えていた。
雪による休みは、3人まで覚悟していた。

車両通勤の人が、電車バスを使って、
或いは、1時間徒歩で出勤。

送迎車両も満足に走れない中、
とにかくデリカに乗り込んだ。

4名、7名、・・・。
写真は、後部座席。その後ろと前に人人。
航空公園のタクシー待ちの人が目を丸くする。

「私がいなければ。」そんな気持ちが結集して、
15人のラインに支障が出なかった。

3月3日(木)晴れのち雨のち雪
(2KB) 出た〜!石出たー!

結石の話題をしながらの山田うどんの昼食。
午後の取引先との約束に急ぎながら入った便所。

チクチクしながら、一瞬ションベンが止まった。
と、ポン!となにやら飛んで出てきた。

これだ!出た!との喜びも、
ションベンを最後まで見届けなければ身動きできない。
流れてしまわないようにションベン落下位置を工夫して、
石は無事だった。

測ると6ミリ。「1センチの石」が本当だとすると、
あと4ミリあることになるが、それはどこに。。。

何ともうきうきした気分で取引先へ。
気がつくと取引先の部長に、「出たんです!」と、
熱く訴えていたが、相手にしてくれなかった。

取引先に呼ばれたのは、ありがたい話だった。
今月から量産スタートとの話。

昨年から、ハーネスの試作に取り掛かっていたが、
その量産が実現。こんなに嬉しいことはない。

会社に戻ると、それどころではない。
明日の雪に備えてどうするか。。

雪で休みが多いからと生産ラインを止めるわけに行かない。
降るとやばい人の掌握。迎えの体制等々。
数人は、泳いででも来てもらうことにする。



3月2日(水)晴れ
昨日達成したラインのタイム。
それに伴って適正人数も設定した。
問題は配分だ。

ラインの作業配分は、ストップウォッチ片手に、
機械的にやるしかない。
フェアな配分をした上で、適正をみて人を配置する。

一旦動きだしたラインでのこの調整が大変だ。

今日決着つけようと決意して、
リーダーとラインの中心者を呼び、
午後から8工程の配分の完成版を作ることにした。

夕方までかかった。
やってみてわかったことは、
皆よくやっているということ。

それまでのリーダーと中心者でつくった配分だって、
結構うまくいっているということもよく分かった。

今日になってこんなことをやるのは、
人任せにするといつまでたっても、
「ここは大変だ。こっちの方が忙しい。」
の声がなくならないから。

あとは、安定した作業と検査でノンクレームだ。


3月1日(月)晴れ
1Fリーダーが休み。1Fにどっぷり入った。

メインは、ラインの時間配分。
現在の160台生産のための目標は、2分30秒。
朝の実測が2分40秒。10秒オーバー。

その前の100台からの以降の際に、
品質を重視するために無理な配分の変更をしないで来た。

明日までに、目標値に届いていることが必要。
自分なりに一気に進めようとやってみた。

このダイアルを扱う時ほど緊張することはない。
ラインの8人の視線が厳しいからだ。
内職で言えば、単価を決めるようなもの。
時間あたりの仕事量を増減するのだから、
死活問題だ。これをリーダーがやるというのは難しい

だから余計に、目標値を理解してもらって、
配分をしっかりやっていかねば出来ないこと。
どのセクションも1週間もすれば、なれで余裕も出てくる。

徐々にダイアルを回していく。
ラインの移動時間を23秒短くして、
逆に静止している時間を9秒長くする。
これで、2分26秒をクリア。

やっと、明日からの160台生産が見えた。



 


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