MIYOSHI

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HIDEYOSHI DIARY

埼玉の電子機器組立及び製造工場、オリジナル防犯監視カメラや電気自動車製作のMIYOSHI社長、佐藤英吉の日記を掲載させて頂きます!

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2005年2月の日記

2月28日(月)晴れ

結石破砕術の始終・・

朝、8時半ころ病院到着。
さっそく、一日入院の窓口へ行くと、
部屋に案内される。

そこは、3畳くらいの一人部屋にベットがある。
病院服に着替えて、体温、血圧をはかって、
レントゲン室へ。

確かにあることを確認してから、時を待つ。
結石破砕センターなる場所に呼ばれると、
「パンツの替えはありますね?」
と念を押されて、また着替える。

部屋に入ると、胸の高さくらいの台に、
小さな階段を登って上がり、
うつ伏せになった。

「ちょっと冷たいですよ。」で、
パンツの濡れる訳が分かった。
漏らすのかと思ったらそうではなく、
エコーを見るための液体が膀胱の辺りに出てくるのだ。

それから、石に焦点をあわせていく。
始まると、最初は弱く、少しずつ強くしていく。
低周波治療器みたいな感触だが、
話していくうちに強くしていかないと、
効果が薄いことも分かり、出来るだけ上げてもらった。

何とも言えない感触が、膀胱に響く。
痛いというか、なんと言うか。。
カチッ!カチッ!という音が腰に響く。

1分で100回くらいだと思う。
1時間で6000回くらいやった。
どうも硬いようだ。

終わって、抗生物質の点滴。
午後に、造影剤を使ってのレントゲンになった。

少し小さくなったものの、まだ残っているという。
来週月曜日リベンジだって。

切らないで治すのだから、贅沢は言えない。
何度でもいいから、なくなってほしい。

夕方、出社。ドミンゴがつぶれた報告を受ける。
中古車ってやばいかな。。


2月26日(土)②晴れ

MIYOSHIのボランティア事業で、
子供のおもちゃ修理をしてはどうか?

先日、SEG○製のおもちゃを修理した。
電源部の断線が原因の故障だった。
子供は、喜んで使っていた。

●あけて見て、勉強になった。
以外にもろい構造。
1枚どりの基盤でコスト削減。
フラットケーブルの使い方。

●プログラムの問題などでは対処できないが、
こういう断線などで使用できないケースが多いのでは。。
うちの地域で、「おもちゃおじさん」が、
おもちゃを修理に来てくれる時があるが、
一人一台と限定するほど盛況だそうだ。
その場で直せないものは、持ち帰る。
(今回も、実はその直しの半田が不良だったのだが。。)

●何よりも、「壊れたものは直して使う」という、
当たり前の論理を子供に(大人に)伝えたい。
壊れたら修理しないで、新しいものを買ってください。
とは大メーカーの論理だが、それでいいのだろうか?
聞くところでは、メーカーの開発は、
保障期間が切れた瞬間に壊れるのがベストと言う。
とても地球に対して優しいとは言えない。

先日来日された、ノーベル平和賞受賞者のマータイ博士は、
グリーンベルト運動で30年間で3000万本の植樹を達成。
愛知万博の会場を視察された際の印象として、以下のように述べた。
「日本の『もったいない』という言葉には、
自然を尊敬しよう、有限な資源を有効に活用しようという
尊い心を感じる。」と、発言された。(2月19日聖教新聞)

遠くカリブから来日された博士から学ぶ、
日本の大事な文化だ。

●それがもし、大好きなおじいちゃんに、
プレゼントしてもらったものだったらどうだろう。
魂のこもったおもちゃは、買い換えることで満足できない。

この発想の原点には、もうひとつのエピソードがある。

インドの元首相夫人のソニアガンジー女史。
夫であるラジブガンジー首相が凶弾に倒れて(91年5月)間もなく、
日本の池田SGI会長に「母は、太陽です。母は、輝いてこそ太陽です。」
と、精一杯の励ましを贈られた後に、母の曲が入ったオルゴールを贈られ、
再会を約束した。

2年後に、日本での再会が実現する。94年のことであった。

そのときのソニアガンジー女史の言葉。
「前にインドでくださったオルゴール
大好きで毎日聴いておりました。
しかし、毎日聴いていたので、
とうとう壊れてしまいました。
直していただけませんか?」

SGI会長が、
「新しいものがありますから。」と申し出たが、

「思い出のこもったオルゴールの修理を。」と、
ソニアガンジー女史。

このオルゴールに代わるものは、世界にないのだ。

こういうものをひとつでも大事に出来る人生は、
どんなにか豊かであろうか。
また、こういうものの修理に携わることができたとしたら、
どんなにか幸せなことだろうか。

[もちろん、奇麗事で終わらないことはたくさんある。
ただの思いつきだが、皆に話してみようか。。


2月26日(土)①オープン戦開幕

爆発したデリカを迎えに行ってから出社。

修理屋さんでは、
破裂したラジエーターのホースをくれた。
前のオーナーだろうか、
亀裂の入ったホースをシリコンで塞いでいた。

これは問題。
中古車はあまり経験がないので、
どこまで、売り手側の責任を追及していいのか分からない。


2月25日(金)晴れ雪のこる

朝から説教たれてしまった。

「管理者の仕事とは?
作業者の仕事の段取りをして、
仕事をさせているうちに、
次の手を打って、
なおかつ手が空いているときに、
現場に入るのだ!」

言っておいて、必ずしもそうでない場合が、
あまりにも多いことに気がつく。

逆に現場に入らない管理者に、
黙っていられるだろうか。。

軸が大事だ。

そういえば、
パレットの回収に一枚100円という業者に出そうとしていたが、
”ただ”という業者が現れた。しかも、壊れたものまで。。

それから、
ハローワークから連日電話が入る。
年齢制限をはずしたとたんに60代の人ばかりになった。
立ち仕事や、細かいものが見えない理由で、
結局お断りしている場合が多い。
年齢制限を復活してもらうよう、
社労士さんに要請した。


2月24日(木)晴れのち雨

午前10時、座薬投入。

急ぎの内職帰りに、わき腹の内臓をつかまれる感触。

帰って少し調子がいいので、
別の作業に関わっていたが、やっぱりだめ。

救急で東大和に行くことにした。

痛み止めの筋肉注射、点滴のあと、
レントゲンと尿検査。ボーっとする。

膀胱の入り口に1センチの石があって、
そのために腎臓も腫れていることが判明。
出る確率は10%とのこと。

つくづく医者はあてにならないと思った。
「水分をとって、運動する。」
今の段階では、これでは駄目じゃないか。

来週月曜日午前中に、破砕手術の予定があいているとのこと。
すぐに予定を入れてもらって、今度は手術の準備に入る。

胸のレントゲン、心電図、血液検査、レクチャー。
夕方までかかってしまった。

いよいよ爆発だー!


2月23日(水)春一番?

「ボン!」という音がして、煙が上がり液体が漏れ出した。
到着して、エンジンを切った途端のことだ。

午後から、時間をつくって病院に行ってみた。
月曜日の尿管結石の日記で親切に教えてくれた情報をもとに、
いよいよ石と別れを告げようと、東大和病院の駐車場についた時のこと。

この前、車が炎上した話を聞いたばかりだったので、
急いで病院の受付に行って、消火器を借りてきた。

病院の駐車場で、消火器を持って、
煙の出る車の前に立っていた。
皆、不安そうに見つめている。

煙が落ち着いたところで、
その液体を触ってみると緑色。
会社に電話して、詳しいものに聞くと、
それは冷却水だそうで、ラジエーターか、
ホースが破裂してもれたらしい。

受付の時間があるので、
自分の診断を先にして、車を後にした。

終わって、車に戻ってあちこち電話。
よくクレジットカードで、ロードサービスなんてあったなと、
クレジット会社に電話するが、サービスの対象ではないらしい。

事故ではないので、駄目とは思ったが、
損保に電話してみた。

すると、レッカーが55キロまで無料との話。
お願いをして待った。

それにしても、これくらいの勢いで尿が出れば、
一発で結石も流れるだろうに。。


2月22日(火)晴れ

尿管結石撃退情報ありがとうございました。

自己の体験を交えて、
数者の方から情報をいただきました。

むしろ、5年もじっとしている方が稀有なようです。

医者は少なくとも3人にかかれとも言われました。

たしかに、
「うちよりも、あちらに行った方がいいですよ。」
と言われたことは、一度もありません。

自分で選ぶしかないんだと思いました。

いよいよ、積極的に撃退したいと思います。


2月21日(月)晴れ

内臓わしづかみ。
そんな痛みが、尿管結石。

昨日の夜はそれほどでもなかった。
今日の未明4時。はじまった。

前から痛む場所以外にもう一箇所。
座薬で応戦。利くまでに30分。

このまま病院行きでもいいように、
今日の仕事内容をメールで送る。

利いた。今度は眠くなる。

今日は病院に行こうと決めて、
昨夜内職から引き上げたものを、
川畑君に取りに来てもらった。助かる。

病院では、いやみを言う。
「この石、もう5年も付き合ってますが、
医者は、水分取って運動してくださいとしか言わない。」と。

「でも水分とらず、運動していないのはあんたですから!残念!」
とは言われなかったが、自分でちょっとだけ反省した。

昼から会社には出たが、おとなしくしていた。

夕方、リーダーのミーティングを持った。
人の採用の計画や、1Fの次の体制。

夜到着の荷物を待って8時半。


2月19日(土)雪のち雨

週末までの105000枚、本日6時完納。

初めての外注3社。
社内のラインを止めての対応。
内職の増員。内職者からの毎日の返品。
新人の取引先との初めての交渉。
内職担当者のインフルエンザ。
土曜日出勤者手配の不手際。

挑戦と種々の問題を乗り越えての完納。
協力会社とスタッフに感謝すると共に、
自分の仕事のつめの甘さに反省する。


2月18日(金)曇り

大声を張り上げてしまった。

思うところあって、1Fのラインに入った。
と、まもなく欠品不良が得意先で出たとの情報が入る。
ラインでの作業を確認すると、
前に徹底したはずの「前工程での取り置き」が、
なされていない。

「なんで分かんないんだ!」「仕事なくなるぞ!」
ラインを止めて作業者に、その意味をもう一度説明する。

検査チームにも、怒鳴り散らした。
外観の検査は、前回の不良からダブルでやっている。
のに出た。

検査員も作業者も悔しくて泣いた。

思うこととは・・・

組織は生き物。
20人の組織をなめてはいけない。
リーダーは、やる気を引き出すのが、
一番の仕事。
それを、各リーダーが出来るようになったらすごいこと。

「MIYOSHIは、社長の言うことがすぐに浸透してすごいですね。」
と言われた。
ほめ言葉と思ったが、各リーダーが前向きにとらえて、
全体に伝わることは、難しい。
とくに急なハンドルを切る場合。
リーダーが何も考えていなければ、切りやすい。
或いは、リーダーいなくて、皆作業者だったら、切りやすい。
前の言葉は、そういうことなのか。

各リーダーが自覚を持って進み始めると、
急ハンドルが切りにくい。
「自分は、こうしようと思ってたのに。。。」

その通りだ。その上で、
会社にとっての優先順位を考えて決断しとことが、
各リーダーにすぐに理解されているとすれば、
すばらしい組織だ。

組織は生き物。


2月17日(木)晴れ

ラジオを聴いていたら、
ニュースでこんなこと言っていた。

「社会保険庁が、
忙しい部署に暇な部署から人を異動させる策をとる!」と。

ありゃりゃ。
私たち、毎日やってます。

昨日も、おとといもラインを止めて別の作業をした。

2Fの仕事を1Fに振った形だが、
これが、だんだんしにくくなるものだ。
まして、デイリー100台なんて仕事が、
一ヶ月も続くと、はい今日も一日の始まりです、
なんてなってしまう。

違う。今日は今日の風が吹くのだ。
何があるか分からない。


2月16日(水)雪

「次の手を打った上での現場の手伝い。」
リーダーは明日の段取り、来週の段取りを終えて、
今の現場の手伝いに入る。

次の段取りが出来ていなければ、
今の作業が終われば手が空いてしまうし、
現場に入って作業に追われれば次の手が打てない。
あくまで現場に入るのは手伝いで、
いつでも対応に動ける”ニュートラル”でなければならない。

ふとした瞬間、作業に没頭して、
気持ちよくなっているときがあるが、
そういうわけには行かない。

亡くなった父がよく、
外の草むしりをしていた。

社内のことや、次の手を打った上でのことだとすれば、
これほど社員に安心感を与えることもないし、
社外に対しても、「私は、いつでも動けますよ!」
というアピールにもなる。

昼、銀行のよったや人事異動の引継ぎ最中だった。
Oさんお世話になりました。
一文無しの私に融資を決定した3年前の決断。
勇気がいったと思いますが、大変感謝しております。
どうかお元気で。。

しばらく、銀行の悪口は書かないようにします。


2月15日(火)晴れ

かつてないくらいの内職、外注に仕事が出ているこのとき。。

朝、内職・外注担当から電話が入る。
「インフルエンザで休みます。」

この2ヶ月、外注はもちろん、
内職の仕事がなくて困っていたのに、
いよいよ入ってきて忙しくなるときに体調をこわしてしまった。

おまけに、朝から続々と予定よりも数がまとまらないとの連絡が入り、
内職からは、一旦振り出した材料を引き上げて来た。
週末の出荷、いよいよ厳しくなった。

納期最優先だ。品質優先だ。
午前中、もう一社外注に来ていただき、
計4社に出すことになった。

昼休みに段取りをして、
午後からは、1Fのラインを止めて全員で取り掛かった。

全員で、同じ仕事を「よういドン」ではじめるのも面白い。
「一人、300枚だからね!」
なんて言ったもので、シーンと静まり返って、
もくもくと仕事をしていった。
写真とっておけばよかった。。。

1Fのリーダーにしてみれば、
ストックが出来ているからとはいえ、
2Fの納期のために、1Fの仕事を止めて取り組むのは、
不安だったろうと思う。
それくらい納期と品質の意識を持って取り組んでいるからだ。

しかし、相談をしたときには、会社の状況を理解して、
快く受けてくれた。しかも、リーダーも作業に加わった。
ありがたい。これがMIYOSHIの強みだし、
たとえ組織が大きくなっても、この感じを大事にしたいと思った。

出来る人は、遅くまで残って作業した。

取引先から連絡あり、梱包箱と届けに福生へ。

久々の陣痛あり。帰り道コンビニのトイレで座薬を入れる。
このまま治まってくれ。


2月14日(月)晴れ

2月12日の土曜日夕方に入荷したスポット作業。

短い納期で大量作業が分かっていたので、
その日のうちに、内職6人に振り分けた。

朝礼もそこそこに、
社内でも同じ作業を開始する。
内職の進捗状況を確認。

思いのほか厳しい。
さらに数人の内職に振りなおす。

社内の進み具合を見て、
協力会社に協力を要請することを決めた。

急な連絡にもかかわらず、
午後、ありがたいことに3社が代わる代わる来社。

あっという間に、全体予定の半分をお願いすることが出来た。

明日も一社来社されることになる。

これで、週末の納期がある程度見えた。
が、協力会社が予定通り行かないことを、
予測しておかねばいけないとなると、
まだまだ、油断できない。
とりあえず先行できるよう社内残って対応。


2月10日(木)晴れ

予想以上に意識の高いことに感激した。

今日は、給料日。
先日全員に宿題をお願いした内容を、
伺いながらの給与の手渡し。

社労士さん曰く、こういうやり方を、
「認定方式」というのだそうだ。

-------
認定ガイドラインを作成して、
そのグレードになるための理由付けを明確にしていきながら、
グレード別に賃金や立場を決めていく。
-------

さて、一人10分から30分の懇談を交えて、
一人一人の丸付けを確認していった。
賃金の要求はそれぞれで、
大きく目標を掲げる人もいれば、
現状維持でOKという人もいる。
全員に渡し終わるのに5時間かかった。

皆、期待通りの○付けだった。
嬉しかったことは、
全員が一歩以上深めようと決意をしていたことだ。

いずれにしても、長年勤めたからといって、
時給が上がるということでなく、
仕事の幅が広がるから、
レベルが上がるから、
責任が重くなるから上がるのだ。

皆戸惑いもあったようだが、
明確になったことで、
自分の目指すべき方向を確認できたと思う。


2月9日(木)晴れ

リーダー3名が取引先訪問で不在。。
派遣1名現れず。1名通勤途中の事故。

こんな日に限って、
「材料が入りましたから取りに来てください。」
「新規の用意が出来ましたから。」
「人の応援出せませんか?」
「例の話ですけど。」

昨日ならいくらでも動けたのに。。
自分が入る予定だった検査をためておいてもらって、
とりあえず、銀行に飛んだ。

その後、新規の打ち合わせ。
午後は、検査に入ったが、
午後の打ち合わせや内職まわりで、
社内では、ほとんど役に立たなかった。

事故、大事にいたらなくてよかった。
互いに注意をしていかねば。。


2月8日(火)雨

久々の新人。
2名の派遣を受け入れる。
今月末の増産に備えて研修のため。

出かけるには時間が中途半端なので、
自分は、2Fで種々事務仕事をこなす。

明日、
取引先に1Fのリーダーと検査のリーダーで、
伺う約束をする。が、自分は留守番をすることにした。

お客様のもとに納品や引取りでなく、
打ち合わせで自分が行かないのは、
初めてかもしれない。
これも一歩前進。

せっかく、こういう体制が整ったのだから、
次の仕事を取りに動こうかと思う。


2月7日(月)晴れ

全員分のお茶を入れてもらう。
2Fの休憩室で全員集合。

「会社が倒産するとき、
急にお茶入れて全員集合したりするよね。。」
と言うと静まり返った。

笑うところなのに。。。

「たまには朝からお茶でもすすって・・」
なんて言っても誰も信じない。
何かたくらみがあると思ってか、
シーンと静まり返ってしまう。

仕方ないので、自分が話をはじめた。

この2月1日でおかげさまで満3歳になったMIYOSHI。
皆のお陰で、急激に成長することができた。
さて、次はどちらに向いていこうか。。

コストとレスポンス。
ここを徹底的にやってきた。
手が空いていることを許さない雰囲気。
もっと速く出来ないかと工夫する感覚。
仕事が終わればすぐに帰る。
間に合わなければいつまでも残って納期に間に合わせる。

お陰で得意先から評価されて伸びてきた。

次は何か。
「管理」
もちろん、これまでもやってきた。

「おたくの管理の仕方は?」
こう聞かれたときに、見えるようになっているかどうか。
もちろん、コストと相反する部分もあるが、
ここをしっかり固めたい。
しかも、単にISO取って満足しているところと違って、
ぎりぎりまで現場に即した、小規模会社に適したスリムな管理。
これまで築いてきたものを大事にしながら、これを確立したい。

そしてもうひとつ。

もともとやる気のある人が残ったのだから、
停滞しては、皆満足できないはずだ。
会社として、一歩前進を目指しながら、
一人一人の一歩前進を勝ち取りたい。

たとえば、工場見学に来た人が、
ラインの一人に、声をかけた時に、
トルクや注意事項がすぐに答えられような。。

たとえば、取引先がラインの担当者に電話をかけてくるような。

そういう一人一人になっていければ、
さらに足元のしっかりした会社になるに違いない。

全員にプリントを配る。
以前に日記で書いた時給の考え方だ。

「今度の給料日の日に、
この紙に丸をつけて持ってきてもらいたい。」

「自分が、次にどこを目指すのか。
けっして無理をしないでほしい。
なぜなら、たとえば時給1200円に丸すれば、
取引先との交渉までしなければいけない。
役割の違いなので、どこに丸をしても結構です。
どちらにしても、一人一人が一歩前進をめざしましょう。」

40分くらいだったろうか。

他の会社との違いも当然として、
昨日の会社と今日の会社を見つめる姿勢。

人と自分でなく、昨日の自分と、
今日の自分との違いを見つめる姿勢。

ここに軸足を置くことで、
ここのところの窮屈な雰囲気を一層したかった。

なんとなく、皆いつもよりさらに元気でやっている気もするが、
気のせいだろうか。。


2月5日(土)晴れ

ブルーマンデー。

yahooニュース記事の曰く。
会議や朝礼を月曜日に行う会社や学校が多いが、
ストレスを増やすだけだし、仕事の効率も悪い」
 あなたの会社、月曜日に会議がありませんか?

まったくその通り、月曜日にやってます。

昨今の社内ギスギス感から、月曜日の朝には、
夢を語り合う「お茶会」にしようかと思っていたところだった。

たしかに今後も、月曜日の朝礼はやめたほうがよさそうだ。
情報量も少なく、火曜日以降に違う方向へハンドルを切らざる得ないことが多い。
もともと会社に出てくるのが精一杯なのに、
いきなりエンジン全開の朝礼というのもなあ。。

今日は、出社して事務仕事をこなしながら、
今後のことについて思いをめぐらしていた。

逆に「リラックスして、夢を語り合う茶話会」はどうだろう。
月曜日の朝から茶話会、面白いんじゃないの。。


2月4日(金)晴れ

昨日、散々引っ掻き回してしまったことを反省して、
1Fには降りないでラインをスタートさせた。

午前、午後と取引先から連絡が入る。
そのたびにびくびくしながら電話をとった。

午前も午後も、内職への新規の技術指導と払い出し。
それを1Fのリーダーの小林が担当した。

午後返品の中に、「コネクターの差込み不足」が出る。
全員でラインを止めて、全数確認する。

意識の問題か、システムの問題か。。
これまで、不適合品に対して、
これほど時間をとってきたことはなかった。

検査の問題、責任者の問題として一部の人間で対応して、
現場にフィードバックをしていた。

立上げ当初は、納期とコストが取引先の優先事項だった。
それは、MIYOSHIの中に染み付いている。
次は、目に見える管理。

これまでの管理のし方を一新する必要があって、
管理者を別にしてスタートをしたが、
ラインも検査も「いままでこれでやってきたのに。。」
との意識がぬぐえない。

一人と深夜語りあった。
あまりの急激な変化に不安一杯。
それが不満として現れたりしている。

よくリーダーの首の挿げ替えをしたり、
コンサルタントを雇って、
社内の改革をしようとする会社がある。

成功したり、失敗したりするポイントは、
経営者の魂が入っているかいないか。
ビジョンがあるかないかだと言われる。

MIYOSHIは、どこへ行こうとしているのか。
それを明確に示した上で、
一人一人の①役割と②目標を語り合っていかねばいけない。
これまでのように単純ではない。


2月3日(木)晴れ

昨日、重欠点の返品があった。
ビスの欠品で、絶対にあってはならないこと。
寝ても覚めても、そのことが頭にあった。

欠品対策の方法は、いくらでもある。
・ダブルトリプルで検査を複数回行う。
・チェックシート
・チェックマークをつける。
・プロックごとの員数管理。
・指差呼称(ゆびさしこしょう/しさこしょう)
・ラインでのピッキングetc..
どれもこれも、コストのかかることだが、
品質に優先するものなどない。
今やっておかねばいつやる。

午前中に作業を止めて検査チーム集合。
現場からの意見を求めるが、
対策らしいものが出てこない。
しかし担当者は相当ショックのようだ。

対策に、「頑張ります。」はありえない。
出来るだけ、機械的に捕まえられる方法を取りたい。

結局提案が出て来ないので、
自分が考えていたことを全部吐き出すことになる。

チェックマークの了解が得られないために、
ブロックの員数管理と、ダブル検査を実施することにした。

たまった検査を手伝う間に、もうひとつ気がつく。
ラインで欠品防止のために、
前工程で部材の取り置きをしているところが、
作業者本人の取り置きに変わっている。

ラインを止める。
「工程で絶対に引けない場所がある。」
ことを、全体に説明。
本当に伝わっているか何度も確認。
午後には、返品2台。ラインを止める。
全員集めてどういう不適合品かを、
全員に説明する。

午後は、取引先にて打ち合わせ。
戻ってきて、また現場に入った。

検査チーム、今日のロスもあって残業になった上に、
さらに明日以降のことについてミーティングを持った。
が、みんないっぱいいっぱいで提案が出て来ない。
そういうことを求めていること自体が無理なのか。

ガミガミ言えばいいというもんではない。
が、この問題を「頑張ります。」で片付ける訳にいかない。

どこまでもしつこくやり通したが、
検査チームも、製造チームもどう捕らえただろうか。

こういうことをやると次に出てくる話は、

私はやっているのに、あっちがだめだ。
私のところばかり大変だ。
私に言うのになんであの人に言わないのか。

お客様に喜んでいただくために、
高いレベルを目指すのが最優先。
言いたいことも言わずにじっと待つときではない。


2月2日(水)晴れ

午前中から、出かける用事を捜す。

部材引取りのために瑞穂へ。
社長に会いたかったのもある。
今、どのようにしたらいいのか。。

午後は新規の打ち合わせ。
帰って灯油の買出し、
車のオイルの交換などで夕方に帰社。

夕方さらに電話が入り、ユニット製作の依頼。

ふと目を止めた先に、今日の新聞があった。

「俺は、設けたい設けたいと思って、
商売をしてこなかっただろうか。
しかし、商売の根本は、
お客様に喜んでもらうことではないか。
その原点に立ち返って、一から始めるつもりで、
仕事に取り組もう。」


2月1日(火)晴れ

イライラ。

管理者と作業者。
どちらも必要なポジション。

昨年からの値上げの交渉は失敗。
また管理者も現場に入らなければならないか。

仕事量があふれているわけではないが、
計算上そうせざるを得ない。

また、はじまった。

そういう意識で現場を見始めると、
舵取りが大きく変わってしまう。

一貫性?
かっこつけて会社つぶすわけにいかない。

朝から一気に指示を出し、口を出す。
現場の戸惑いもある。

一人一人に120%の力を発揮してもらうための創意工夫。

そして、何より意思の統一。
ミーティングを行う。

リーダーのミーティングは、
短時間でも毎日行うことにした。

どのセクションも余分に人がほしい。
人が配置されればやがて、
「仕事があるから人が必要」から、
「人がいるから仕事をつくる」ようになる。

内職で出来る仕事を社内に持ち込んで、
一人の仕事を二人でやり、必要以上の管理をして、
売り上げが変わらないのにコストが膨らむ。

一旦こうなってしまった会社が元に戻るのは至難の業。
今なら手を打てる。打ってしまった。

これまでの手が空いていた社内と、
忙しくなる社内。全然違うことを理解できるだろうか。

頭でなく体で。。