株式会社MIYOSHI 電子機器組立、電子機器製造、小ロット対応致します。
HOME ヒデヨシ日記 自社製品 実績 工場紹介 会社概要 会社沿革 お問合せ   サイトマップ





2004年9月の日記

9月30日(木)晴れ
朝、青梅へお詫びに飛ぶ。

なんともお詫びのしようもない。
引継ぎの期間も持てないままの突然の退社。

現場は、がっくりだった。
昨日、送迎の対応など種々検討をしてくださっていた。

1社立ち寄って出社。

昨日、決めた体制で非常にいい空気で仕事をしていた。

10時半休みで、雇用保険未加入メンバーに集合いただいた。
10月1日から12月末までの契約書を改めて交わすことにしたが、
内容の説明。と改めて、残業の希望を確認した。

午後電話が入る。
2Fの1機種、今の4倍位の対応ができるか?とのこと。
納品をかねて、すぐに飛んだ。

10月4日からは、長期休暇組みが出社してくる。
ありがたい話だ。実現すれば消えた7割の半分回復。

9月30日。決算日を無事に迎えた。感謝。


9月29日(水)台風A
よかれと思ったことで3度の失敗か。。

忙しいので手伝ってほしい。
何とかしましょう。と体制を整えたつもりが整っていなかった。
派遣で行くものの、一人は具合悪くなり行けなくなった。

そして昨日夜、もう一人が辞めることになった。
理由は、通勤時間が長いのにその分が保障されないということ。
確かにそうだ。
往復2時間もかけて、その分が出ない経験など彼はしたことがないだろう。
まして、中国人の彼ならその分働けばいくらになると計算したはず。
時給プラス手当てでアップしてでも行ってもらいたかったが、
それでも足りないと言う。残念だがそれ以上は無理だ。

何よりも、取引先に迷惑をかけてしまった。
決して簡単に考えたわけではないが、
やはり安易だったか。反省。
もう絶対に他社への応援など約束しない。
と心に誓う。

偉いのは、派遣の営業だ。
「もう一度話を聞いてやってください。」と。
「彼は、日本で就職をしようとしているのに、
そんな考え方では、将来ダメだと思うんです。」
と本人に話したという。
スタッフと商品としか見ない営業が多いのに、
彼はスタッフの将来まで心配して、私にお願いしてきた。
夜の11時半にだ。本当に偉いと思う。


9月29日(水)雨
ビシッと臨時朝礼。

「昨晩から思いをめぐらし、言葉を選んで朝礼を行なった。」
体制表のホワイトボードの前に集まって、
「このホワイトボードの意味が分かりますか?」と。

これまで、1機種20人の体制とは明らかに違う。
ラインで作った不良を、検査で捕まえることが出来たが、
7つもセクションがあるとほとんど個人プレーである。
一人一人の意識が製品にもろに反映される。

昨日の朝の迎え方や仕事の終わり方を見ていて、
大型ラインにいた人と、すでに個人生産をしてきた人で、
明らかに違いが出ていたことに気づいて朝礼を行なった。

「あなたの品質がそのままMIYOSHIブランドです。
そういう体制を作るということは、それだけ信頼をしているからです。
私は、たかがパートなんて思いません。
『私は手伝いです』と言う人は、遠慮なく言ってください。」

午前中に銀行へ。
印鑑を押して、すぐに川口へ向かった。

品渡ししながら、梱包作業の現場を見学させてもらった。
作業台の高さや、手の動き、部材の分け方、ピッキングの方法。
種々参考になったが、何よりも荷受け・品出し担当の話だった。

4時帰社。
雇用保険未加入者の10月から3ヶ月間の契約書を作成し一人一人に配布。
明日持参してもらうようにした。


9月28日(火)曇り
朝、青梅へ。

人の送り、1社納品、1社打ち合わせ。
会社にもどって10時から、税理士との打ち合わせ。
午後は、入間へ納品。戻って内職周り。
夕方、従業員の送り。

この間、午前中からスポットの仕事を受けていた。
梱包作業だ。
2日間にわたる予定だったが夕方目途がつき、
夜になって川野と2人で最終のまとめをした。
が。。。

残数が合わない。
得意先に確認するが、そんなはずはないと言う。
私はこの機会に、明日皆で全部開けて確認しようと思った。
そうすれば、梱包作業の意識を替えられると思った。
が、川野は「今、全部開ける」と引かない。
川野の責任感だ。

夜8時をまわっている。
悔し涙を流しながら、
300梱包を全部開けて確認した。
夜11時終了。一切間違いはなかった。
得意先は、もう電話に出なかった。


9月27日(火)雨
昨日の作業で、朝7:00の出荷に間に合った。

本当に憂鬱な気分の朝を迎えた。

土曜日、日曜日と自分の都合で出れなかった。
納期に追われててんてこ舞いの工場を尻目に、
自分が違う場所にいるということが、
どうしてもいやなのである。

朝、「昨日はありがとうございました。」
と一人一人に声を掛けるが、
本当は、「ありがとうございました。」
でなく、「すみませんでした。」だ。

そんなことを言っていては、
個人事業の域を脱することができないが、
割り切れない。

本当のところは、違うというのも分かっている。
自分に余裕がないのだ。
素直に「ありがとう。」という気持ちになれないのは、
本当の意味での「一人立つ精神」に立ってないということ。

午前中から、足立へ部材の引き取りに行く。
夕方戻って、会社に戻る。
部材も、出来れば誰かに取りに行ってほしい。
明日の送りも誰かに。これも誰かに。。

誰かがやるべきものと思うと、
誰もやってくれないと感じる。

全部自分がやるべきものと思えば、
みんな手伝ってくれると感じる。

でも、本当はどちらも違う。

会社なんて支え合ってしか存在しないもの。

要するに自分の大きさだと思う。
まだまだ小さい。


9月24日(土)曇り
朝の電話。派遣先近くから。
「すいません。どうしても具合悪くなっちゃうんです。」

会社へお詫びの電話を入れる。

このことについては、本当に失敗をしたと思った。
「人がいなくて大変なんです。」
この一言に、良かれと思って決断したが、
取引先へも、本人へも迷惑が掛かった。

人の配置というのは簡単なことではない。
昨日の同級生の異動のことも考えてみた。

派遣の営業に電話をしてみる。
私のようなものが、派遣のまねごとなどするものではない。

会社へ着くと車輌を乗り換えて内職へ。

昨日無理を承知で大仕事を朝までにとお願いしていた。
今日の出荷のためだった。

朝、皆に集まってもらう。
おととい、昨日と5000づつできました。
今日は、ノルマ7500です。
午前中4000が目安です。
何とかお願いします。

朝からトップスピードでスタート。
とにかく動いた。ピリピリとした空気。

その間入る電話、電話。

11月の仕事の延期の話。
今にも出したい仕事の話。
見積りの話。
購入した治工具の納品書の話。
欠品の話。
派遣会社の営業がいつ行くかの話。
内職の出来具合の話。
内職の単価の話。
現状の途中経過の報告。
労働基準監督署から彼の話。
今晩急な仕事が受けれるかどうかの話。

何本受けたか、何本掛けたか分からない。

労働基準監督署からは、
彼が、減給処分と時間短縮に対して、
不服の申し立てをしに行ったようだ。
労務士からすでに指示を受けている件を説明した。
特に問題はないようだが、
「紛争問題解決援助制度」があることを紹介しました。
とのことだった。
納期と戦いの最中だったので、
あまり詳しい話は聞けなかった。
びっくりしたのは、その制度を彼が知っていたことだった。
さあ、いよいよかあ。

午後大変なことが起こった。
部材が足りない。
3時を前に、部材が底をつきそうだった。
今日は、もともと納期との戦いで、
「これだけ出来ますから。」と、
工場まで来られた担当者の言葉を信じて、
突っ走ってきた。また、数えにくい部材ということもあった。

「これがなくなったら終わりです。」とも言われていた。
3時を過ぎて、担当者到着。青ざめた。
当初の17000個のノルマに対して、
2500個もショートする計算。

私は、とにかく手が空かないようにと、
次々と指示を出していく。
10名以上の体制で行なっていた作業を、
ドンドン縮小して次の現場へと復帰させた。

最後の出荷準備が整ったところで、
「相談があります。」とのこと。
「本当に困りました。
先方はどうしても数を寄越せと言い張ってます。
香港から旅客機で部材を持ってきますので、
なんとか月曜日の朝8時に納品してもらえないでしょうか?」

「困りました。」に弱い、私と川野。
部材が足りないのは、うちのせいではない。
が、これで終わってしまってはお客さんが喜んでくれない。

引き受けた。
日曜日朝に部材をもらって、作業をすることにした。
従業・..

9月23日(木)曇り
青梅へも出勤になったので、1名を送ることにした。

休みなので空いていて8時過ぎには到着。
下ろしてすぐに会社に向かった。

明日の出荷に対して、今日が勝負。
目標5000個を川野と申し合わせていた。

昨日よりも、4名減か。
2Fからも応援に降りてもらった。
今日は、何がなんでも5000やりたい。

目標数を箱数で皆に伝えて、
1箱上がるごとに、残数を大声で伝えた。
納期の意識を高めたいためだった。

17時5分前に5000終了。目標達成!!
「なんとしてもやってやる。。」
私は、鬼のような顔をしていたに違いない。

夜、300名くらいの前で喋る機会があった。
同じく、一つ下の後輩が喋った。

自分の心が乾いていることに気がつく。
もっと心に潤いのある日々を送らねば。

同級生に会う。
家族ぐるみで付き合う彼が、
おととい転勤の通達があり、10月1日から長野へ行くと言う。
一部上場企業の宿命とは言え、なんとも淋しい話だ。

明日、7500個のノルマ。できるか?


9月22日(水)晴れのち豪雨
朝、電話が入る。

「具合が悪いので休みます。」と。
派遣2日目にして欠勤だ。
取引先に何と言って詫びたらいいか。
すぐに電話をするが、まだ出社していない。
もう一度電話する。まだ。
さらに電話する。事情を話してお詫びした。

逆の立場で派遣の欠勤が出たときには、
派遣会社の営業に怒鳴りつけていたものだが。。
「何言ってるんだ仕事だろう!」
たしかにその通り。

翻って彼のことを思えば。。。
彼はこういう休み方をしたことがない。
やはり、環境の変化が相当プレッシャーになったのだろう。
かわいそうな事をしてしまった。とも思った。

会社へ到着。
さあ、朝から1F15人体制だ。
24日納期に向かって、スポットの仕事をいただいた。
お客様立会いのもと作業方法と注意事項を徹底して、
作業スタート。
昨日しっかり段取りしていたので大きな混乱もなく、
9時半くらいには形になった。

部材の引き取りに、足立、江東へ行き夕方戻った。
254号の帰り道、道路が濡れている。
帰ると、凄い雨だったと聞いた。

返却用で用意しておいた青空倉庫の部材を濡らせまいと、
担当者がびしょぬれで対応したそうだ。ありがたい。

24日2万個納期に対して、5000個完了。
ん?間に合わないじゃん。

明日も出社になった。みんなすみません。


9月21日(火)晴れ
朝から派遣先の青梅へ同行。

派遣会社の営業の気分。
始めて行く2人も不安な様子。

到着して、紹介する時間もあっという間に、
現場へと連れて行かれた。

息子を送り出すような気持ちだ。
大丈夫だろうか。元気に終えるだろうか。

打ち合わせも短時間で済ませて、
川口へ向かった。見積り依頼だ。

何とか午前中に到着。

厳しい要求だった。
分15円。これはさすがのMIYOSHIでも。
採算度外視で助け合わねばならない時もある。
受けるとすれば、そういう意思で受けなければと思う。
保留にしてもらった。

前に安く受けて大失敗したことがある。

分20円の仕事。
しかし実際には分20円では上がらない。

そうするとどうするか。
そのチームの赤字分を、他で埋めねばならない。

●私やリーダーは当然、
別の仕事の営業や立上げに目を向けるようになる。

●赤字チームは、雰囲気を感じつつ仕事するので、
モチベーションが下がる。

●時給の安い従業員が仕事したり、
出荷検査が出来なかったりする。

この3つが理由で品質が悪くなる。

結局お客様に迷惑がかかる。

不良を出荷したための対応で更にコストがかかる。
最後は、自分に跳ね返ってくる。

「この時代、いい仕事なんてないよ。」
これが、中小企業の社長の口癖だ。

しかし、せめて魂の入った”ものづくり”ができなければ、
受けるべきでない。

愚痴りながら仕事をするようでは、絶対にいい仕事は出来ない。
その最初の取組みが、「見積り」だ。大事にしたい。



9月18日(土)晴れ
5名の出社。

来週のことを考えると、
もう少し出社して進めておいても良かったと、
今日の体制を後悔した。

朝からリーダーでミーティングをする。
応援含めて8社の仕事をどうこなすか。
来週に限って言えば、人が足りない状況。
嬉しい悲鳴だ。

昔やっていた、
名前をマグネットに書き込んで、
ホワイトボード体制表を作製した。

数社の仕事を難なくこなすことが出来るようでないと、
この多品種少ロット時代を乗り越えられない。

これまで、7割のベースの上に少々乗せる売上だったが、
いよいよベースのない売上構成への挑戦。

10月期損益分岐達成なるかどうか。


9月17日(金)晴れ
午前中に青梅の会社を訪問。

作業請負の依頼があったためだった。
新規のお客様だ。
どうにも忙しくて、お願いしますとのこと。

この1ヶ月間、
なりふり構わない営業をしてきた。
何でもやります。何処へでも行きますと言ってきた。

1社立ち寄って、午後帰社。

さっそく3名に相談をする。
先日の一人一人との懇談でも、
現場が変わってもいいとの話もしていた。

了解してくれたが、なんとなく淋しい顔色だった。
私も同じ気持ちだった。
仕事というのは、どこから給与をもらうかでなく、
どこで働くかなんだと思った。

もちろん、先方は非常に雰囲気のいい会社だったし、
一生懸命やる彼らにとっても、やりがいのある仕事だと思う。
しかし。。。

この現場が好きで来てくれてたんだとあらためて感じた。
21日から、2名応援。27日からさらに1名。


9月16日(木)晴れその2
独立の決意に背中を押してくれた先輩。
この黒字決算のご報告に行きたかった。
いつもと変わらぬ謙虚な先輩は、
大変に喜んでくれた。
すでに大きな規模になっておられる会社の専務なのに、
先陣を切って営業にまわっているお話や、
社内での挑戦の状況を伺った。
400名にもなる会社にも関わらず、
働く人のはつらつとした態度や笑顔が印象的で、
尚且つ、フットワークよく新しいことに挑戦する。
またしても元気をたくさんいただいた。
1社立ち寄り、7時半帰社。
全員退社していた。
社内はきれいになっていた。
1Fで梱包作業ができるように工夫されていて、
2Fを広々と使用できるようにしていた。
2日間かかると思っていた片付けと作業場の段取りを、
今日一日で終わらしていた。
現場をしみじみと見つめた。感動。感謝。


9月16日(木)晴れその1
2Fで5社の仕事、1Fは片付け。
誰が何処の担当。
ホワイトボードにがっちり記載して、
段取りも準備万端。

さあ心機一転、朝礼をして元気にスタートしよう。
と思っていたが、そうはいかなかった。

彼が出社してきた。
まずは、その対応だ。

先日の無断欠勤4日間。
これを受けてどうするか?

彼には、「たしかに4日間無断欠勤いたしました。」
という「始末書」を送付していた。
これにサインをして、16日に出社してください。と。
本人が認めないで出社しないことも考えられた。
それならそれで仕方ないが、サインして出社してきた。

これを受けて、
MIYOSHI就業規則 第7章 第37条により、
7日間の出勤停止命令を文書にて渡した。
尚且つ、
第7章 第38条により、
10月以降の減給処分の契約書を渡したが、
サインを拒否。持ち帰ることになった。

ただし、今日を含めた数日間の休業補償は会社の義務。
尚且つ、10月以降に会社都合で休んでもらう場合があれば、
これも休業補償が発生する。彼は、それも狙っている。
しかし、一番のねらいは会社都合退職。
いい加減なことをわざとしておいて、
カッとなって「辞めてしまえ!」と私が言うのを待っている。
そうすれば、すぐに失業保険がおりて、
それをもらいながら、隠れて仕事すれば収入が増えるというのだ。

しかし、今回の出勤停止命令を含めて、
結局月間の収入は相当減ってしまっていると思う。
法律を悪意で利用しようとした彼だが、結局自分に跳ね返ってきてしまった。
「どうせ小さな会社だ。思った通りになるに違いない。」
と思った彼の目論見は、外れてしまった。

実は、上の手続きには落ち度があった。
「一度の事項に対して、2つの制裁を加えることは出来ない。」
のだそうだ。出勤停止と減給はダメとのこと。
「出勤停止命令は出したので、
減給処分は、見送ってください。」
との労務士さんからの指摘があった。

きっと、彼も監督署に行って、鬼の首でも取ったかのように、
クレームをつけてくるに違いない。
こういう場合は、監督署へは先にこちらから報告しておく。

いずれにしても、私はこういうことは絶対に許せない。
従業員誰もが可愛いし、どんなことをしても守っていきたい。
そう真剣に思うために、そういう思いを仇で返すような、
悪意で陰でコソコソとするような動きは絶対に許せない。
断固として戦う。

たかがパートだ、アルバイトだなんて思わない。
真剣勝負だ。いい加減な態度は許せない。

なんてカッカしているうちに出掛けるのが遅くなってしまった。
岩槻の先輩のところへ伺う。



9月15日(水)秋晴れ
(24KB) 外に出れば、秋晴れのいい空気。
ずっしりと重いものを背負った気分の朝。
車のエンジンをかけて出発。
「今日の朝礼で、なんと話そうか。」

皆、元気に出社。
「1年3ヶ月続いたこのライン。
皆さんのお陰で無事に最終日を迎えることになりました。
今日は、楽しく一日を過ごしましょう。」

昼には、2Fにテーブルを並べて、
お弁当で打上げになった。川野の配慮だ。
料理を作って持ってきてくれた人もいた。
フィリピンの「アドボ」。これ、めちゃうまかった。

腹いっぱい食べて、午後突入。
皆噛締めるような一台一台の作業。
今日は、通常明日出荷の分を夕方に出荷。
最後の1台の出荷をしっかり見届けて、
皆で1Fの整理を始めた。

得意先には、電話で感謝の意を伝えた。

本当によくやってくれた。

フィリピン人の一人は、父が心臓病で倒れたが、
15日まではやりますと、フィリピン行きを遅らせた。
責任感・使命感で仕事してきたことの現われと思う。

夕方、リーダーでのミーティングを行なう。
明日以降の体制の件。

9月一杯の手は空かない目途がついたが、
売上規模で見えている分は、5割程度。

しばらくは我慢。素晴らしい人材万歳。

売上7割。今日で消えた。

9月14日(火)晴れ
午前中、検査応援に入った。

「社長が現場に入ってるようじゃねえ。」
と、昨日ご指導いただいたばかり。

午後は、何をしていたんだろうか。
2Fで種々対応しているうちに、
一日終わってしまった。

そうだ、1社来社してライン組みだった。
ケーブルが不足して、買いに出掛けたり。

明日いよいよ1Fのライン最終日。

2Fでの仕事の準備が着々と進む。
2Fでは、これまで2社程度の仕事をしてきたが、
現在4社分のラインが出来た。

明日午後、もう一社の打ち合わせ。
出来れば、その仕事も受けて5社の仕事を平行させたい。

1社を除いてはスポットなので、納期・生産管理が困難。
協力各社のお陰で、少なくとも手が空かない目途がついた。

売上7割の消える日まで、あと1日。
くれぐれも失礼のない終わり方を。。


9月13日(月)晴れ
「仕事の終わり方を丁寧に。」
朝礼で繰り返した。

いよいよ今週、1年3ヶ月続いたラインが止まる。
他のセクションに徐々に人が移動していることもあって、
緊張感が緩む可能性が高い。
でもそうじゃない。

その1年3ヶ月前に、3ヶ月続いたラインが終了した時、
返品を担当に任せて、クレームをもらった。
「こういう入れ方はないだろ!」
高速を飛ばして、すっ飛んでいった。
あのことを思い出すからだ。

午前中、青梅へ納品。
納品先の社長と昼食。
種々ためになる話をいただく。

その足で1社紹介してくれた。盤屋さんだ。
配電盤の組立て配線仕事だが、
いつも一人で仕事をするその人は、
ニコニコして応対してくれた。

これから、出荷するという、人が入れるほどの配電盤を、
うまそうにタバコを吸いながら見せてくれた。
製品というよりは、作品といった感じだ。
きれいに仕上がっている。
それでいて、160Hの仕事を1週間でこなすという。
さらに、配線違いがないので評判で仕事が切れない。
かつて、「製品が営業するんだ。」と言う先輩がいたが、
こういうことを言うのだろうと思った。

さらに2社寄って帰社。

派遣との懇談3名。対応難しい。

売上げ7割の消える日まで、あと3日。


9月10日(金)晴れ
「MIYOSHIは、9月が決算です。
おかげさまで、黒字決算の見通しがつきました。
この一年頑張っていただいたお陰です。
ほんの少しですが、賞与を出させていただきます。」

いつもの通り、一人一人を事務所に呼んで、
説明をしていった。

「賞与ですが。このような計算式で算出しました。」
ボードに大きく書いて提示する。
評価(0〜10)×勤続月数(1〜12)×時給(¥750〜¥1500)

「あなたの評価は、○○点です。
評価の内容はこの通りです。」これもボードを用意した。
品質(0〜2)スピード(0〜2)多能性(0〜2)責任感(0〜2)協調性(0〜2)

標準が”1”に対して、”2”の部分を強調した。
「あなたは、作業スピードがあるので2点で、合計6点です。」
「あなたは、責任感が特に強いので2点で。。」などなど。
「それに、勤続月数と時給をかけて、○○円です。」

フェアにやりたかったので、
客観的に説明のいく計算式をつくった。

しかし、どうも金額の問題ではなかったようで、
当日まで黙っていたので、皆びっくりして、一様に喜んでくれた。
まず、パート・アルバイトで賞与がもらえると思わなかったようだ。
それに、16日から仕事が無くなって首になるかと思っていたのに、
「本当にいいんですか。」とのことだった。

これは、1年間をさかのぼって考慮することで、
今後仕事があるかないかとは別問題と考えた。

確かに、10月以降現金が不足してくることは用意に予測できる。
ならば、なおさらこの1年頑張ってくれたスタッフに感謝の意を表したかった。
ほんの少しなので大げさに書くことではないのだが。。

来年あるかどうかは分からない。
賞与を出せるよう頑張るのが社長の仕事で、
頑張れば賞与につながるというのが、スタッフの励みだ。

売上げ7割の消える日まで、あと5日。
全員に残っていただくように伝えた。背水の陣。



9月9日(木)号外
手の内を明かすようだが、
解雇をしない理由は以下の通り。

雇用保険加入者に対して、会社都合退職者を出せば、
数年間、国や県の助成金対象から外される。
会社に対してペナルティがあるということだ。

MIYOSHIでは、トライアル雇用や障害者雇用も行なっている。
会社都合退職者を出せば、会社も本人も助成金の対象外になる。
会社がペナルティを受ける理由は全くないのに、
会社も違う従業員も損害を受けるということになる。

それはおかしい。

雇用される側は、いつ休んでも、何日休んでも、
いつでも元気に出勤できるということ。
それを会社が拒めば、休業補償だ。
給与の60%を支払わなければならない。

ではこの「無断欠勤」が、何日くらい続けば、
退職の意思とみなすのか。

監督署曰く、何日続いても「退職の意思とは見なさない。」
のだそうだ。むしろ会社側から、「どうしたんですか?」と
聞かねばならないのだそうだ。

幼稚園や小学校じゃあるまいし。。。

ちょっと割りのいい仕事を見つけたら欠勤して、
終わったら元気に復帰する。
ダメだと言ったら、休業補償を要求する。

じゃあどんなことしても、会社にペナルティのない形で、
解雇することは出来ないのか。

「重責解雇」というのがあると聞いた。

あまりに本人の重い責任があって、
辞めてもらわざるを得ないときは、
監督署の承認をもらった上で、
自己都合と同じ条件で退社してもらう。

これだ!

監督署に確認すると、申請は自由だが、恐らく無理とのこと。
重責とは、労働者が逮捕されるようなことを言うのだそうだ。
無断欠勤くらいで、がたがた言うなということか。

もとより、そういう人を見抜けなかった、
私の目に問題ありと反省する。

全国労働者の皆様
労働基準法は、労働者の為にあります。
どうか、堂々と主張をしてください。
この法律を知っていれば、相当いろんなことが出来そうです。
強い意志というか、面の皮が厚いということが必要ですが。。

MIYOSHIの従業員の名誉の為に書いておくが、
こういう悪意を持って権利を主張する人間は、
MIYOSHIには、一人もいないと断言しておく。


9月9日(木)晴れ
無断出勤1名。ん?
来てる。4日間無断欠勤の彼が来ている。

朝から別の対応があったので、
そのまま待たせて、事務所に呼んだ。

「バス代が無かったからだ。」
「謝ったじゃないか。」
「働かせろ。」

「冗談じゃねー!何が狙いなんだ!辞めんのか?」
「私は、辞めません。会社が辞めさせてください。」
要するに会社都合で辞めさせろというのだ。

「とりあえず帰ってくれ。あなたに合う仕事を考えます。」
「休ませると言うことか?」
「はあ?」
「監督署に行きます。」

目の前で、労務士に電話した。
「監督署に、無駄欠勤数回で通算約10日や、
金銭貸借の要求など全て話しておいてください。」
と依頼した。

あまりに悪質だ。
「あんたこのラインを見てみろ。この中で働けるか!」
今日だけだって、皆いろんな都合を乗り越えて集ってきてる。
どうにもならなくて休んでも、
心配して業務のことで電話してくる人だっている。

そんな中に、自分の都合だけ押し付けて、
権利を主張するあんたの姿勢で入れんのか!
私はあんたを外国人だからと見たことはない。
でも周囲にそういう人はいるんだ。悔しい。
「ああ、外国人だからね。」
そう言われんのが一番悔しいんだ。

事務所で暴れてしまった。
なぜか後で手が痛くなった。(暴力はふるってません。)
1Fで大声を出してしまったので、皆心配した。
安心してもらうために、
10時半に一旦ラインを止めて事情を説明。

何処で智恵をつけられるのか分からないが、
何とか金にしようと、あの手この手を使ってくる。
前にも、勝手に病院に行って労災認定しろと言ってきた。

会社で何も報告もしないで、
何日もたってから、「会社で怪我したので休みます。」
給料と治療費を出せとの話だ。
認めなかった。
会社での怪我を証明できる人がいないし、
本人からもなんの報告も無かったからだ。

お昼に1社訪問して、午後別の取引先で打ち合わせ。
その最中に携帯が何度もなった。
”所沢労働基準監督署”からだ。

夕方、打ち合わせが終わって連絡した。
彼が駆け込んだとのこと。

会社に来るバス代がないのに、
監督署に行くバス代はあるもんだ。。

「継続して働きたいのに、帰らされた。」という。
しかし監督署が、聞く耳を持っていたので安心した。
「一応、労働基準法の説明をしておきます。」
ということだった。

「あまりに悪質なんです。」
彼のこれまでの出来事を全て報告すると、
むしろあきれていた。
会社の事情も話した。

社労士や会社への連絡。
急ぎの対応。

越谷駅前に車を止めて、
このやり取りをしているうちに、
薄暗くなってきてしまった。

6時半帰社。以外に早かった。

売上げ7割の消える日まで、あと6日。

1社訪問で、具体的な話あり。
もう1社、明日部材持ち帰り決定。一歩前進。


9月8日(水)晴れ
朝一で、高校同期の社長が1名連れて来社。

どちらかと言うと、こちらから仕事を依頼する業界だが、
こういうことは何があるか分からない。
工場内をしっかり見てもらった。

その同期曰く、
「俺、営業してみようと思うんだよね。」と。
「いつもやってんじゃん。
取引先を業務でまわってること自体営業になっているでしょ。」
「そうじゃなくて新規の。スーツ着て都内まわろうと思うんだよね。」
「それって、スーツ買ってもらう口実じゃないの?」
「それもある。あと都内まわると刺激受けるじゃん。」
いかにも、田舎もん同士の会話だ。

そうだ、都内だ!猪突猛進ヒデヨシが行く。
車を都内に向けた。

新宿の随分と行っていない会社の社長に会いに。。
父からの付き合いで、75歳で現役バリバリ社長。
厳しいときに散々ご馳走になった。
現状の報告もできないまま失礼をしていたので、
早く報告をしたいとかねてより思っていた。

変わらずお元気そうで何よりだった。
MIYOSHIの発展を大変に喜んでくれた。

次は、世田谷の会社。
ここも同じく、お世話になった社長。
1社紹介をしてくれて、実際に仕事につながった経緯があったが、
電話での御礼で失礼をしていた。

川越街道の帰り道、ふと未回収の会社を思い出す。

「確かこの道沿いだった。」
10数万とはいえ、未入金は未入金。
寄ってみた。明かりがついている。

一応、入る前に会社に所在を連絡した。
警戒しすぎか。。

「どうしたんですか。そっちから連絡してくるもんじゃないの?」
「すいません。まだ客先に納品できないんで・・・」
と言い訳を並べた。
「そういうことじゃないでしょ!」
58歳。随分年上の先輩だ。
私みたいな若造が、説教たれるもんでもない。
「ところで、他もおんなじですか?」
数社払えないという。事務所に場所を移して話した。

「食べてんですか?家族は?」
ついつい余計なことを聞いてしまった。
うちが同じ状態だったのは、つい3年前だ。

四面楚歌。
来る人も、なる電話も、
在庫の確保や、債権回収だ。
ちやほや来てた人は来なくなる。

分かっている。それとこれとは、別だ。
別だが、この人が誠実に対応してくれるんなら、
ちゃんと話をしようと思った。
ここで1万円ふんだくったところで何になるだろう。

身の上話を聞いて、自分の体験を話した。
また会う約束をした。裏切られたらそれまでだ。
でも、だますよりはましだ。

8時、そこを後にして帰社した。

2社来社、3社訪問。
「ん?営業になってねーじゃね〜か!」

売上7割の消える日まで、あと7日。


9月7日(火)大風
石川實の放送にうなった。

「楽しく仕事して何が悪いんだ!」
MIYOSHIの見学をしての感想だった。
が、こういう雰囲気をここのところ忘れかけていた。

わが身を削って、得意先に喜んでいただく。
それはそれとして、今日一日を楽しく過ごそう。
そういう空気が1Fの海外メンバーに多い。
それがいつしかMIYOSHIのカラーになって、
活気になった。

しかし、次の売上げだ、目標に足らない、
納期だ、コストだ、効率だ、とやっていくうちに、
空気が変わっていった。特に2Fだ。

今日、1Fのラインが終わって、
2Fに大勢の応援が上がった。
2Fに久々の明るい雰囲気が走った。
心地良かった。
「そうだ、これでいいんだ。
楽しく仕事して何が悪いんだ。」

そう思って、つけたラジオから聞こえてきた、
石川の言葉だった。

それにしても、同期ながらさすがだと思った。
たいしたメモを取るわけでもなかったが、
工場に来たときの話を10分ほどで、
だーっとしゃべったが、記憶違いがない。

やっぱり結構踏み込んでしゃべってたけど、
関係者で聞いた人はいるだろうか。

売上げ7割の消える日まで、あと8日。

業務連絡
社労士 様
無駄欠勤についての懇切丁寧なアドバイス感謝します。



9月6日(月)晴れ
急休み4名。内1名は、無断欠勤2日目に突入。

業務相談 社労士様
無断欠勤は、何日連続すると、
自己都合での退職とみなしますでしょうか?

いずれにしても、明日のラインアップからは外します。

今は、人が足りない。

取引先に行く予定を全てキャンセル。
朝礼もやめた。
自分も1Fの検査に張り付いた。
こんなことしていては、次につながらないのは分かっている。
でも、仕事の終わり方も大事だと思っている。

入れ替わり立ち代りして、
何とか一日の生産は、予定通りこなした。
ただでも足りないのに、4名休みをよくカバーしたと思う。
いや、まだ半田作業が残っている。

内職担当がラインに入れば、別の担当がまわる。
その担当は、土日も返上して今日の出荷に備えた。

高校の同級生「巌」が、営業の帰りに寄ってくれた。
日記を読んで、心配してくれていた。
「ヒデヨシが、どうやって乗り越えるかが楽しみなんだよな。」と。

激励になってねーぞ。。

そう、
ハッピーエンドじゃないとシャレになんないよ。この日記。

明日出荷の半田作業。
「後やっておくよ。」と担当を帰した。
退社や休みの穴を、連日担当に押し付けてきたが、
あまり無理もしてはいけない。

半田作業と他の業務で午前2時半終了。

「何としても乗り越える。血のションベンを流しても・・・」
トイレに立つ。
「ん?」血のションベンだ。結石で慣れてはいるが、
こんなに濃いのは初めてだ。痛みはない。
もうすぐ石が生まれるということか。

内職1件寄って帰宅。

得意先からの問合せ2件。
売上7割の消える日まで、あと9日。


9月3日(金)晴れ
”無断欠勤” なんという寂しいひびき。。

冗談じゃないぞ。いい加減にしてほしい。
”無断欠勤”は、無責任の極み。

一度は、資材の責任者までやった。
が、その時に無断欠勤と数日の休みが重なって、
任せるわけにいかなくなった。

あとで言われたくないので、
本人にサインまでもらって、
減給をしてライン作業に移行。

残業も任せないようになった。
仕方ない。残業したい人は他にもいる。
仕事が正確で、早くて、責任感のある人にお願いするからだ。
明日来るか来ないか分からない人にお願いは出来ない。

本人は、「家族もいるんだ。」という。
ならばなおさら、
現場で信頼を勝ち取れるようにすればいい。
家族がいるから高い給与という考え方はない。

この話をして、「ああ外国人ね。」と納得した人もいた。
そうじゃない。これは外国人だからじゃない。
彼だからだ。

私はむしろ外国人の信頼を勝ち取りたいと思っている。
周辺の外国人に対する不信感を拭い去りたい。

人の応援を出すにも、「外国人はだめだよ。」と、
ほとんどの現場で言われている。

支給部品が紛失すると、
「あの会社は、外国人が多いから」
なんて言われることもあるそうだ。

ならば余計に、せめて働く場所くらい提供して、
頑張るチャンスを、環境をつくってあげたい。
私も海外で大変にお世話になったからだ。

午後、高校時代同じバスケット部だった石川実が来社。
彼は、ラジオのDJをやっている。
火曜日21:00〜25:00のFMフジ(78.6)
で毎週怒鳴っている。私はこの番組結構好きだ。

キーボードのことや、会社のことやら、
いろいろ話しているうちに夜になってしまった。
いつも、石川がしゃべりすぎなのだが。。。

次の火曜日。会社関係者は聞かないように。
石川が踏み込んだことをしゃべる可能性があるので。。

違う同級生から仕事を心配して夜電話あり。
来週合わせたい人がいると。ありがたい。

売上7割の消える日まで、あと12日。

金融機関 様
貸しはがしのないよう、お願いを致します。



9月2日(木)晴れ
朝電話が入る。9月スポットの部材が入ったとのこと。
事務所に到着で早く取りに着てほしい様子だった。
「ちょっと待ってください。折り返します。」
ありがたい話だ。
我々下請け製造業は、部材を預かるまでは、
注文を受けたことにならない。
まず部材を預かることが大事。

「行きます。今すぐ行きます!」
MIYOSHIは、今日は休みが多く身動きが取れない。
しかも他社で、9月〜11月にかけての仕事の打ち合わせだった。
でも行った。取りに行った。

帰って積み上げて、すぐに打ち合わせに出掛けた。

その車中に、FAXが入ったと電話が入る。
また、FAX一枚で引上げの話だ。
このことについては、もう書きたくないが、
相手に不利益な話は、FAX・メールはいかがなものか。。

午後は、社労士との打ち合わせがあるので、戻ってきた。

トライアルやその他の助成金の手続きを進めていく上で、
付随する動きが出てくる、出てくる。
うちの社労士さんはフットワークがいいので助かるが、
自分では、とてもとてもできない。
いつもありがとうございます。(業務連絡)

そんな中に、昨日の出来事。そして、9.15のこと。

あらゆる状況を想定して、質問を浴びせ掛けたが、
労働基準法は、労働者を守るためにあることがよく分かった。
会社はがんじがらめだ。
でもちゃんとやっている会社が、いくつあるだろうか。

まだ3年に満たない、有限会社MIYOSHIは、
なんとまじめに運営しているものかと思う。
労働基準監督賞でも、もらいたいものだ。

1Fの検査に1時間だけ応援に入る。

その間も電話に追われる。
台湾からの荷物が届かないのだ。
急いで実装に入りたい電子部品が、
この台風の影響で遅れてしまった。

夕方5時半便で、従業員を駅に送って内職へ。

結局応援するはずの2Fの半田作業は、
20時をまわってからのスタートになってしまった。

24時半終了。25時半日記終了。
「朝までにはやっておくから、残していっていいぞ!」
こんなこと、かっこつけて言うもんじゃない。

営業活動できず。
人が足りないのは、あと1日の辛抱。
来週は、派遣部隊が帰ってくる。

売上7割の消える日まで、あと13日。


9月1日(水)晴れ
夢を見た。
。。。。。。
高級車を傷つけて、運転手に謝ったものの、
なんとなくいやな気がして、その場を足早に後にする。

出来るだけ目立たない道を選んでいるうちに、
突き当たってしまう。そこにさっきの運転手が現れる。
とっさに隠れる。なんとか逃れた。
。。。。。。

こんなような夢をいくつか見たような気がする。

急休み2名。
なかなか予定通りにいかない。

昨日退社1名の代わりに、
午前中半田作業。

午後は、1社と打ち合わせに出掛けた。
すぐに量産につながるような話ではなかった。

せっかくなので、1社立ち寄る。
父の時代にお世話になった会社。
大変心配をされていた。
元気でやっている報告に喜んでくださった。

明日納期の仕事が溜まって現場が焦る。

夕方6時半帰社。

電話が入る。
「明日から行きません。」と。

理由は、
「交通費がないのに、お金を貸してくれないから。」
だという。
「普通の会社は、困ったときは助けてくれる。」
すぐに離職の手続きをしろと言う。

頭が壊れそうだ。

社労士とすぐ連絡をとって、本人に電話をした。
「では、退社願いを送付してください。
届いたのを確認してすぐに手続きします。」
「なに言ってるんだ。会社都合だ。」
「・・・・」
「前の会社はそうしてくれたんだ。」
「やっぱりそういうことか。」と思った。
失業手当目的の会社都合退職だ。

「何を言ってるんですか。
今は、人が足りないんだ。
休んでもらっては困ります!
来てください。」

と言うと、
「交通費がないのにどうやっていくんだ!」と。
それは、私の責任だろうか。交通費は払っている。
末締めの10日払いの給与も遅れたことはない。

一方的に電話してきて、
「明日から行きません。」と言って、電話を切って、
会社都合だろうか?

「分かった。退職願いを書いて月曜日に送ります。
理由は会社が考えてください。」
「・・・・・」

又電話が入る。
「じゃあ、明日行ってもいいですね!
7時に出て、歩いて行きます。いいですね!」

だから、いいって言ってるじゃないか。。。

半田作業がはかどらない。11時終了。

また夢見そう。。

売上7割の消える日まで、あと14日。




HOME ヒデヨシ日記 レポート 実績 工場紹介 会社概要 会社沿革 お問合せ Copyright 2003 MIYOSHI Co.,ltd.
All Rights Reserved.